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第57話 初陣へと続く旅立ち

Penulis: 青砥尭杜
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-25 22:50:30

 翌日の昼前。肌を冷やす淋しさをいっとき忘れさせてくれるような心地好い日差しがそそぐプログレの港には、聖皇からの指名を受けて刑の執行人として出立しようとするカイトたちの姿があった。

 聖皇の使者としてミズガルズ王国を訪れたヴェネーノは、カイトたちより先に汽船への乗船を済ませていた。

 ビタリ王国の王位を簒奪したウアイラと、クーデターの主体となったトリアイナ魔道士団への断罪を裁定した聖皇の意思を代行する執行人という特異な任務に当たる渡航とあって、カイトら四人の出立を見送るのはレビンとステラ、そしてノンノの三人のみだった。

 少数とはいえ筆頭魔道士団の威を示す純白の軍服を身に纏う魔道士たちの存在は充分に目立っており、七人を遠巻きにする港で働く人々の注目を集めていた。

「さくっと終わらせて還ってくるんだよ」

 ノンノがいつもの調子で声をかけると、カイトは調子を合わせるように軽い調子で応じた。

「うん。そうするよ」

「ピリカをお願いね」

 ノンノが浮かべる快活な笑みに、わずかな心配の色が差すのを見たカイトは大きくうなずいてみせた。

「分かった。必ず無事に、一緒に還ってくるから」

「うん。任せた」

 カイトに向けて明るい笑顔をみせるノンノの横で、真剣な表情を崩さないレビンにアルテッツァが声をかけた。

「王都を頼むよ」

「お任せください。旅の無事とご武運を祈っております」

「ああ、武勲を立てて王都に戻るとしよう」

「はい。凱旋の日を楽しみにしております」

 微笑を浮かべて壮行を口にするレビンへ向けて、アルテッツァは力強い首肯を返した。

 カイトに随行するアルテッツァ、セリカ、ピリカの三人と、ヴェネーノを乗せた汽船は予定通りに正午の鐘を合図に出航した。

 汽船は最短の航路でウァティカヌス聖皇国を目指し、十一日後の一月二十九日には聖皇国のスペツィア港へと到着する予定となっていた。

 カイトにとっては初陣の地となるであろうビタリ王国へと続く旅立ちだったが、その不安や緊張を顔には出さないように努めた。

 天候にも恵まれ穏やかな船旅となった十一日の間、四人はヴェネーノも交えてポーカーに興ずるなどして時間を潰す余裕を持った空気を共有した。

 一月二十九日の昼過ぎには、予定の航程を全うした汽船がウァティカヌス聖皇国のスペツィア港に入港した。

 ふたたび聖皇国の地を踏むこととなったカイトに、
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     翌日の昼前。肌を冷やす淋しさをいっとき忘れさせてくれるような心地好い日差しがそそぐプログレの港には、聖皇からの指名を受けて刑の執行人として出立しようとするカイトたちの姿があった。 聖皇の使者としてミズガルズ王国を訪れたヴェネーノは、カイトたちより先に汽船への乗船を済ませていた。 ビタリ王国の王位を簒奪したウアイラと、クーデターの主体となったトリアイナ魔道士団への断罪を裁定した聖皇の意思を代行する執行人という特異な任務に当たる渡航とあって、カイトら四人の出立を見送るのはレビンとステラ、そしてノンノの三人のみだった。 少数とはいえ筆頭魔道士団の威を示す純白の軍服を身に纏う魔道士たちの存在は充分に目立っており、七人を遠巻きにする港で働く人々の注目を集めていた。「さくっと終わらせて還ってくるんだよ」 ノンノがいつもの調子で声をかけると、カイトは調子を合わせるように軽い調子で応じた。「うん。そうするよ」「ピリカをお願いね」 ノンノが浮かべる快活な笑みに、わずかな心配の色が差すのを見たカイトは大きくうなずいてみせた。「分かった。必ず無事に、一緒に還ってくるから」「うん。任せた」 カイトに向けて明るい笑顔をみせるノンノの横で、真剣な表情を崩さないレビンにアルテッツァが声をかけた。「王都を頼むよ」「お任せください。旅の無事とご武運を祈っております」「ああ、武勲を立てて王都に戻るとしよう」「はい。凱旋の日を楽しみにしております」 微笑を浮かべて壮行を口にするレビンへ向けて、アルテッツァは力強い首肯を返した。 カイトに随行するアルテッツァ、セリカ、ピリカの三人と、ヴェネーノを乗せた汽船は予定通りに正午の鐘を合図に出航した。 汽船は最短の航路でウァティカヌス聖皇国を目指し、十一日後の一月二十九日には聖皇国のスペツィア港へと到着する予定となっていた。 カイトにとっては初陣の地となるであろうビタリ王国へと続く旅立ちだったが、その不安や緊張を顔には出さないように努めた。 天候にも恵まれ穏やかな船旅となった十一日の間、四人はヴェネーノも交えてポーカーに興ずるなどして時間を潰す余裕を持った空気を共有した。 一月二十九日の昼過ぎには、予定の航程を全うした汽船がウァティカヌス聖皇国のスペツィア港に入港した。 ふたたび聖皇国の地を踏むこととなったカイトに、

  • 異世界は親子の顔をしていない   第56話 ファーストキス

     ビタリ王国の首席魔道士ウアイラによる王位の簒奪を受け、これを断罪する裁定を下した聖皇フィデスの署名が入った正式な刑の執行人への指名を受理。刑の執行に当たっての渡航に同行する三名の人選と、渡航の方法と日程の決定。 重大な決断と実務の処理を矢継ぎ早に行ったカイトは、深夜の帰宅から短い眠りを経て翌日も朝から王宮に赴き、ミズガルズ王国の宰相であるセルシオとの事前の確認に併せて事後の方針に関する協議も済ませた。 「さすがにちょっとオーバーワークかな……」 思わずぼそっとつぶやいたカイトが屋敷へ帰る頃には、大陸からの厳しい寒気をなだめていた冬の陽もすでに傾き始めていた。 カイトが自室に戻ると、ストーリアが旅の支度を調えていた。 どの程度の滞在になるか期間のはっきりしない渡航の準備とあって、その荷物はなかなかの量にはなっている。「ただいま」 カイトが声をかけると、ストーリアは荷造りの手を止めて微笑みを返した。「おかえりなさいませ。お疲れでしょう。出立までは少しお考えにならない時間をお持ちください」 ストーリアが自然に言い添えた「考えない時間」という言葉にカイトは感心してしまった。 この異世界に来てから約四ヶ月。首席魔道士という国防を担う元帥、あるいは象徴的存在としての大元帥とも謂えてしまう立場に就いてからの約三ヶ月。未だに慣れない政治的な判断や決断を強いられてきたカイトが、いま最も欲しているのは思考から解放される時間だった。 いまの自分を一番よく分かってくれているのは、異世界にいきなり召喚された最初の長い一日からずっとそばにいてくれるストーリアなんだろうとカイトはあらためて思った。「カイト様……? どうかなさいましたか?」 少し感慨にひたる間を置いたカイトに、ストーリアが小首を傾げてみせる。「あ、いや。ストーリアはいつでも、俺が欲しい言葉をくれるなって思っただけだよ」 カイトの返答を聞いたストーリアは、荷造りのためにかがんでいた姿勢から立ち上がるとカイトをまっすぐに見つめた。「カイト様……ひとつだけ、約束していただけませんか?」「俺にできる約束なら……」  ストーリアがゆっくりとカイトのそばに寄り、その胸に自身の頭を寄せる。 カイトの心音を確認するように短い間を置いたストーリアは、頬を寄せるカイトにだけ届く声でお願いを伝えた。「必ず

  • 異世界は親子の顔をしていない   第55話 立候補

     翌日の昼過ぎに、聖皇の指名を受けたカイトが執行人としての渡航に同行するメンバーを探していると聞き及んだピリカが、王宮内にあるカイトの執務室を訪れた。 書類仕事を中断して応対したカイトに促されてソファに腰掛けたピリカは、向かいに座ったカイトをまっすぐに見つめて用件を口にした。「カイト卿。今回の指名を受けて、執行人として赴く卿と同行する魔道士に、あたしを加えてください。この機会をあたしは待っていたんです」 前置きを省いて本題から入ったピリカに対し、カイトはまずその動機を確認するための質問を返した。「危険を伴う任務に立候補していただき、ありがとうございます。ピリカ卿、ひとつだけ訊いてもいいでしょうか? 危険な任務の機会を「待っていた」という理由は何ですか?」「あたしは魔道士としてトワゾンドール魔道士団に席をいただき、ミズガルズ王国の男爵位もいただきました。ですが、侯爵領となったヌプリの先住民族をルーツとする出自は、決して変わるものではありません。あたしの親や親族に向けられる視線を変えるために、あたしは活躍して功をあげなくてはならない。それが理由です」 ピリカの碧い瞳に強い決意が宿っているのを感じ取ったカイトは、首肯を返してから答えた。「分かりました。今回の渡航への同行をピリカ卿にお願いします」「ありがとうございます」「いえ、礼を言うのは俺のほうです。おかげで初めての任務を受ける俺にとって最大の不安材料がなくなりました」 そう言って頭を下げるカイトを見たピリカが微笑む。「カイト卿。あたしも、ひとつ訊いてもいいですか?」「ええ、どうぞ」「親しい関係になった女性は、もういますか?」「えっ!?」 ピリカの唐突な問いに動揺したカイトの声が裏返る。同時にカイトの脳裏にはストーリアの顔が浮かんだ。「あたしでよろしければ、そちらにも立候補してよろしいですか?」「えー……と、とても魅力的な提案なんですが……」「答えは急ぎませんので、いまは立候補だけ受け取ってください。気長に待ってます」 ピリカの微笑みには裏に含んだ後ろめたさがなく、魅力的な女性だとカイトは率直に思った。 その日のうちに、カイトは聖皇の使者であるヴェネーノが滞在するホテルに赴いた。 ヴェネーノが宿泊する客室に直接通されたカイトは、すすめられるままソファに腰掛けると用件から口にした

  • 異世界は親子の顔をしていない   第54話 相談

     出そうと思えばすぐに出せる答えだと分かっているのに、どうにも答えを出すという踏ん切りがつかない。 葛藤と呼ぶにはいささか情けない堂々巡りを独りで繰り返しているうちに、窓の外では陽が傾き初めていることに気付いたカイトが「きょうはもう屋敷に帰ろう」と立ち上がったタイミングで執務室のドアがノックされた。「はい。どうぞ」 カイトがノックに応じるとドアを開けて顔を覗かせたのはアルテッツァだった。 いつものアルカイックスマイルで右手を軽く上げたアルテッツァは、カイトに向けてくいっとグラスを傾ける動作を見せた。「カイト卿。ちょっと一杯、付き合いませんか?」「いいですね」 少し気分を変えたくもあったカイトは、渡りに船とアルテッツァの誘いに二つ返事で応じた。 カイトとアルテッツァは連れ立って、王宮からは少し離れた歓楽街の中にある二人が行きつけとしているバーへ移動した。 アルテッツァが時折、気心の知れたマスターが営むバーへカイトを誘うようになった三ヶ月ほど前から定席となっている、奥のテーブル席に座った二人はウイスキーで乾杯した。 のどを灼くウイスキーが今のカイトには心地好く感じられた。「聖皇陛下の使者殿は、何か難しい条件を提示してきましたか?」 探りを入れるような会話は省いて初めから核心に触れてきたアルテッツァに対して、カイトは素直に答えを返した。「ええ、俺を含めて四人と、人数を指定されました」「そうですか。前提を確認しますが、聖皇陛下の指名には応じるんですね?」「はい。俺は行かなきゃならない。首席魔道士としてお飾りじゃないってことを証明する必要がありますから。問題は同行してもらうメンバーを誰にするか……それを考えてたところです」「でしたら、私とセリカで二名は決まりです」 前もって用意していた答えであることを隠す様子もなくアルテッツァは即答した。「……いいんですか?」「もちろんです。王都の防衛も今はノンノがいますし、何より、カイト卿が初陣に出るとなったときには、必ず同行すると決めていました」「ありがとうございます」「礼には及びません。私が勝手に決めていたことですから。私はダイキ卿を護れなかった……あの屈辱を忘れたことはありません。今度こそ必ず役に立つことを約束します」「心強いです。助かります」「どうか、お任せを。しかし……ダイキ卿は今、

  • 異世界は親子の顔をしていない   第53話 聖皇の指名

     聖皇の使者としてミズガルズ王国の王都プログレを訪れたヴェネーノは道すがらの露店で王宮の場所を尋ねたりなどしながら、軽快ではあるが先を急がない足取りで王宮までの道を歩いた。 前もって待機していたウァティカヌス聖皇国の公使と王宮で合流したヴェネーノは、王宮内にあるカイトの執務室まで案内されると公使を執務室の前に待たせて単身でカイトと面会した。「はじめまして。ロザリオ魔道士団の第五席次を預かるヴェネーノ・バラメーダと申します。本日は聖皇陛下の使者として参りました」 ヴェネーノは口上を済ませると、気さくな仕草でカイトへ右手を差し出した。「カイト・アナンです。どうぞ、お掛けください」 カイトが握手に応じてから応接用のソファをすすめる。 ソファに腰掛けたヴェネーノは懐から薄い封書を取り出すと、微笑を添えてカイトに手渡した。 封書を受け取ったカイトはペーパーナイフで封を切り、書状の内容を確認してからヴェネーノと向かい合うソファに腰掛けた。「御用向きは確かに承りました。返答はいつまでにすればよろしいでしょうか」 カイトの問い掛けにヴェネーノは微笑を浮かべたまま答えた。「私はプログレに三泊し、十八日の正午にはプログレを発つ予定でおります。それまでにいただけましたら」「分かりました。今回の執行にあたっての指名は、何人になりますか?」「はい。今回の指名は対象が個人ではなく筆頭魔道士団を対象にする稀有なケースとなっていますので、メーソンリー魔道士団の首席魔道士ヴァルキュリャ卿と、アイギス魔道士団の首席魔道士インテンサ卿も指名を受けております」 予測はできていたカイトだったが、実際にヴァルキュリャとインテンサの名を聞いて事態の大きさをあらためて実感した。「そうですか……なにぶん俺は初めてなので勝手が掴めていないのですが、単身で赴くものではないんでしょうね」「はい。個人への執行であっても指名された魔道士が単独で執行に当たることは、まずありません。特に今回は対象が複数、しかも筆頭魔道士団となっていますので……出来ましたらカイト卿を含め、四名でのご対応を、お願いしたいところではあります。ヴァルキュリャ卿とインテンサ卿にも同様の要請をお願いしております」 三人の首席魔道士に各々三人の同行を要請するという詳細を聞いたカイトは、敢えて驚きを素直に表した。「四名ですか

  • 異世界は親子の顔をしていない   第52話 刑の執行人

    「それは具体的に、ゲルマニア帝国かガリア共和国、あるいはブリタンニア連合王国が、魔道士団と自国の軍隊を動かす可能性がある……と考えておくべき情勢ってことでいいんでしょうか?」 見解に食い違いがあってはならないと思ったカイトが質問すると、セルシオは首を横に振った。「全否定はできませんが、各国が軍を動かす可能性は低いでしょう。聖皇陛下がウアイラ卿とトリアイナ魔道士団への断罪を裁定され、刑の執行人を指名するという形をとると思われます」「その場合、刑の執行人に指名されるのは……?」「魔道士が犯した罪に際して、聖皇陛下の裁定を受けて刑の執行人に指名されるのは、罪を犯した魔道士よりも上位の位階を持つ魔道士、というのが慣例となっております。二十一年前に太魔範士であるシーマ卿がセナート帝国の帝位を簒奪した際にも、当時の聖皇陛下がすでに太聖であった唯一の上位位階を持つエルヴァ卿を、刑の執行人として指名したと聞き及んでおります。エルヴァ卿が指名を拒否したために、表向きには聖皇陛下の裁定は下されなかったとされましたが」 聖皇の指名を拒否するなんて不敬も、飄々としたエルヴァならやってのけるんだろうと納得してしまったカイトは、自分がいま立っている立場をあらためて思い知ることになった。「ウアイラ卿は魔範士……それよりも上位の位階、となると……」 すでに予測できてしまったが、自分で明言することは避けたカイトの意を酌んだセルシオが代弁するように答えた。「世界に二十名しか存在しない魔範士の上位となれば、自ずとその対象は六名のみとなります。太聖であるエルヴァ卿、太魔範士であるカイト卿とシーマ卿、英魔範士であるヴァルキュリャ卿、インテンサ卿、トゥアタラ卿。指名を拒否する可能性が高いエルヴァ卿と、ウアイラ卿の後ろ盾となっているシーマ卿を除けば、残るは四名。執行の対象が単独ではなくトリアイナ魔道士団となれば、複数人の指名となるのが濃厚。以上を踏まえ、カイト卿が指名される可能性は極めて高いと思われます」 カイトは椅子の背もたれに寄りかかり、一度だけふうと短く息を吐いた。「俺が指名されたら、受けるべきですよね……」「……危険を伴う難しい判断ではありますが、そうしていただければ対外的なメリットが大きいのは確かです」「ミズガルズ王国の首席魔道士は、お飾りの太魔範士ではなかった対外的に証明で

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